長い十八時間
お名前はユー・シャーリーと申しまして、香港からきました。二十一年前に私の母は香港で私が生まれました。その時、私の家族はアメリカに移住したいので、移住の用紙を記して、それから、総領事に送りました。十一年後、一九九九年九月、総領事から手紙を受け取りまして、家族の要求を承諾しました。でも、二千年六月は締め切りでしたから、これについてはすぐに決定を下さなければならなかった。すぐに、両親は二千年五月でニューヨークに行くのか決めました。ですから、旅行代理店に行って、飛行機切符を買いました。私と姉は日本の音楽を大好きし、東京かソウルで立ち寄るが選択をあったから、二人は東京で立ち寄るが選びました。
二千年五月三十一日、家族と一緒飛行機でニューヨークに行きました。私は飛行機に乗るのは初めてだので、ちょっと緊張し、心配し、嬉しいように感じました。香港からニュ—ヨークまで、十八時間ぐらいかかったので、本当に長いと思いました。その時に、たくさんことを考えました。例えば、ニューヨークはどうですか。ニューヨークがとても有名場所ですが、人はこの場所怖い場所だと言いました。そして、天気がどうですか?冬の時に、この場所がとても寒いだと言う人がいました。当時、香港が好きなので、悲しくて、ちょっと悪い感じがあったけど、大丈夫です。
あの時、私は小学校の三年生でした。アメリカに移住をすることが知る時、とても嬉しいでした。新しい場所に行くので、友達と離れのは気がつかなかった。それ思えた時は自分を大嫌いの感じでした。それに、何も心配ないので、あの時は自分を馬鹿と思いました 。例えば、言葉も、学校も、生活環境も香港と違います。同じ日に私は学校に行って、自分の物を携帯しました。最後に私は先生に、級友に「さようなら」笑って話すことを嬉しかったです。離れる時は笑ってはいいと思いました。
ニューヨークに着く後、私たちは早く新しいなアパトに行きました。おじは家具を買ったので、いい気持ちと思いました。香港とニューヨークの家はちがいます。例えば、香港のアパドはあまり小さいでした。ニューヨークの家を見た時、びくりた、とても大きいアパドでした。あの晩、おじさんとおばさんと一緒に昼ご飯をレストランで食べだから、アメリカの街路に歩きて、ブルックリンを見ました。ちょっとびくりた、たくさん中国人を見た、皆は広東語を話しの感じでした。私たちは中国料理を食べました。
その日に、私の人生は変われたから、日記を書きました。それに、友達に紙を書きました。長い手紙を友達に送りました。悲しいや、嬉しいな日でした。夜中に、飛行機に考えたことをまたベッドに考えました。友達を思い時は泣きました。ニューヨークにが初めて行くたんだった、早く香港に帰るのは欲しいでした。しかし、「無理なあ」自分に話しました。
ニューヨークに行った時は五月だから、九月まで学校に行きませんでした。つまり、その三ヶ月は私の夏休みだ、小学校生にはとても長いです。時々、マンハッタンに行った、英語を聞った、私は英語を上手じゃないだから、怖なように感じました。それに、香港の友達と親類に会いそこないました。その長い夏休みは毎日姉と家で英語を頑張って勉強しました。両親は私に「毎年夏休みに帰国するはいい」約束しました。実は、そのことじゃないです。
シャーリーさん、
返信削除あなたの作文は面白い!わたしはニューヨークに行くことがありません。あなたの三年生に言った時あなたは勇敢な子供でした!今、どちらの所が好きですか。
いったことがない国に引っ越すのは怖いそうだよ。 けれども、 ほかの言語を上手に話すのために、別の国に住むのは多分一番いい風だと思うんだね。
返信削除とても面白いです! 私はニューヨークに行きたい。とてもすてきな町ですね~
返信削除はは、夏休みはとてもながいでしたね。私もニューヨークにいきたいよ。おもしろいだとおもいます。
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