2009年10月31日土曜日

クレビア・シンさん

悲しくって嬉しかった日

先週の土曜日でした。私の誕生日にだったからボーイフレンドと一緒にシカゴに行く予定でした。私達は宿題が多くて一日だけ行くつもりでした。土曜日の朝、六時に早く起きて行く準備をしました。ボーイフレンドは車がなくて私が運転しました。二時間ぐらい運転後にシカゴのダウンタウンに到着しました。問題がダウンタウンに来て始めました。私たちはシカゴは初めてで、何も分からなかったです。まず、駐車料が高過ぎてそのあたりを回りました。十四ドルを払って、友達が知らせてくれたショッピングモールに行きました。ほしい物が何もなくて結局昼ご飯だけ食べて出しました。分明、友達が大きい所だと言ったが思ったより何もなかったです。がっかりしたままクラウドゲイトと言う有名な造形物がいる公園に向けました。次に、ネイビピーアと言う大きい公園も行ったが、駐車ができなくて何もできなかったです。何もできなくて、こちんと来ました。ところで、ボーイフレンドはしきりに行きたいモールをさがしてみようと言いました。友達に電話をかけて住所も問うって見たが、せんないでした。二時間ぐらい探さなかったでした。でも、ボーイフレンドはずっとさがしくほしいでした。わたしはもうちょっと頭にました。けっきょく、正しい住所に行き始めました。私が運転して、ボーイフレンドが地図を見ました。今度は道をおやまち知らせてくれました。本当に非常に頭に来たら、泣きたいでした。ボーイフレンドはおやまったが、もう怒り心頭にはっすりました。家に帰ろうと思いましたが、私もモールに行きたいでした。ついに、家を出る十二時間後で、モールに到着しました。モールが閉まる二時間ぐらい前にショッピングを始めました。とても大きいなモールなので、気分がよくなりました。二時間以内に、いろいろな服を買いました。本当に早くショッピングをしました。九じになっては晩御飯を食べました。家に帰るとき、わたしはとてもつかれて、車内にうとうとと眠りに込みました。私にかわって、ボーイフレンドが運転しました。私たちは一時になったら到着しました。ボーイフレンドにありがたくとおもいました。 悲しくて嬉しかった日でした。次にはシカゴに行くとき、友だちを信じないで、自分でじゅんびをすると思います。

ニッキー・ラフューズさん

ディズニーワールドの旅行

高校の時、私のサークル活動はマーチングバンドでした。私は4年間マーチングバンドをしました。2年ごとに私の高校のマーチングバンドがディズニーワールドに行きました。私達はディズニーワールドから上演するに招待されました。

ごぜんちゅうは、私達は「Magic Kingdom」というゆうえんちに行きました。とても楽しかったと思いました。私達はバックステージに行きましたが、それはひみつです! 誰もバックステージについて知ることが出来ません! しかし、私はあなたを少し教えます。ディズニーワールドに働けば、どりょうはどりょうじゃありません! ディズニーワールドでどりょうは「キャストメンバー」です。「キャストメンバー」しかと言いません。スタッフはよく「皆さんはディズニーキャストメンバーがいました。忘れないで下さい。」と言いました。

バックステージでむりょうTシャツをもらいましたが、大きすぎました。残念でした。

後で、私は友達とエプコットに行きました。エプコットが大好きです! 1つの所でたくさん国におとずれられます。とてもきれいな所だと思います。エプコットの日本に行きましたが、下手の日本語を使いました。私はその時に日本語のコースを取りませんでした。今、私がそれについて考えることですが、とてもはずかしいを感じます。私はエプコットの日本に友達のためにファンを買いました。

夜に、Magic Kingdomに私達はマーチングバンドに会いました。マーチングバンドの制服を着ました。バックステージでパレードをくみたてました。ディズニーキャラクターがたくさんいましたが、私もディズニーお姫のコスチュームを着たいでした。パレードが始まる時、私は子供の顔を見て、子供たちはとてもうれしいと思いました。私達はパレードをしました。花火がたくさんありましたが、たたずめません。残念でした。これはきれいな夜でした。

2009年10月24日土曜日

シャーリー・ユーさん

長い十八時間

   お名前はユー・シャーリーと申しまして、香港からきました。二十一年前に私の母は香港で私が生まれました。その時、私の家族はアメリカに移住したいので、移住の用紙を記して、それから、総領事に送りました。十一年後、一九九九年九月、総領事から手紙を受け取りまして、家族の要求を承諾しました。でも、二千年六月は締め切りでしたから、これについてはすぐに決定を下さなければならなかった。すぐに、両親は二千年五月でニューヨークに行くのか決めました。ですから、旅行代理店に行って、飛行機切符を買いました。私と姉は日本の音楽を大好きし、東京かソウルで立ち寄るが選択をあったから、二人は東京で立ち寄るが選びました。
   二千年五月三十一日、家族と一緒飛行機でニューヨークに行きました。私は飛行機に乗るのは初めてだので、ちょっと緊張し、心配し、嬉しいように感じました。香港からニュ—ヨークまで、十八時間ぐらいかかったので、本当に長いと思いました。その時に、たくさんことを考えました。例えば、ニューヨークはどうですか。ニューヨークがとても有名場所ですが、人はこの場所怖い場所だと言いました。そして、天気がどうですか?冬の時に、この場所がとても寒いだと言う人がいました。当時、香港が好きなので、悲しくて、ちょっと悪い感じがあったけど、大丈夫です。
   あの時、私は小学校の三年生でした。アメリカに移住をすることが知る時、とても嬉しいでした。新しい場所に行くので、友達と離れのは気がつかなかった。それ思えた時は自分を大嫌いの感じでした。それに、何も心配ないので、あの時は自分を馬鹿と思いました 。例えば、言葉も、学校も、生活環境も香港と違います。同じ日に私は学校に行って、自分の物を携帯しました。最後に私は先生に、級友に「さようなら」笑って話すことを嬉しかったです。離れる時は笑ってはいいと思いました。
   ニューヨークに着く後、私たちは早く新しいなアパトに行きました。おじは家具を買ったので、いい気持ちと思いました。香港とニューヨークの家はちがいます。例えば、香港のアパドはあまり小さいでした。ニューヨークの家を見た時、びくりた、とても大きいアパドでした。あの晩、おじさんとおばさんと一緒に昼ご飯をレストランで食べだから、アメリカの街路に歩きて、ブルックリンを見ました。ちょっとびくりた、たくさん中国人を見た、皆は広東語を話しの感じでした。私たちは中国料理を食べました。
   その日に、私の人生は変われたから、日記を書きました。それに、友達に紙を書きました。長い手紙を友達に送りました。悲しいや、嬉しいな日でした。夜中に、飛行機に考えたことをまたベッドに考えました。友達を思い時は泣きました。ニューヨークにが初めて行くたんだった、早く香港に帰るのは欲しいでした。しかし、「無理なあ」自分に話しました。
   ニューヨークに行った時は五月だから、九月まで学校に行きませんでした。つまり、その三ヶ月は私の夏休みだ、小学校生にはとても長いです。時々、マンハッタンに行った、英語を聞った、私は英語を上手じゃないだから、怖なように感じました。それに、香港の友達と親類に会いそこないました。その長い夏休みは毎日姉と家で英語を頑張って勉強しました。両親は私に「毎年夏休みに帰国するはいい」約束しました。実は、そのことじゃないです。

ブリジット・コリンズさん

   遊園地で一日

   高校の三年生の時、アドバーンスト物理学の授業を取りました。年の終わりで、二年生の物理学の授業はファイナルプロジェクトのためにケンタキキングダムの遊園地に行って、三年生の学生も行かせました。二年生の授業は、遊べる前に、遊園地でたくさん宿題をしなければならなかった、でも、三年生の授業はアドバンスト授業のに、宿題がなかったから、遊園地に着かった時、そくざに遊べました。それに、遊園地にどこかに行けかたから、私たちはとても楽しい日があると思いました。
バスを乗りながら、遊園地に着く前に、二年生はたくさん宿題をしていた、でも、三年生はわらって、ジョークを話していました。二年生はちょっとおこったと思います。
遊園地に着いた時、先生は「宿題を亡くさないで、二人三人のグルップに行ってください」と言いました。二年生は宿題のために乗らなければならなかったのライドに行ったけど、三年生はローラーコースターのように楽しいライドに行きました。友達といっしょうに遊園地を歩いていました。
まず、私はスクラーンブラーと言うライドを乗りたいから、私のグルップはそのライドを一番乗りました。そのライドは、たくさんうででシートを三があって、うでとシートは早くスピンしました。私はそのライドはとても楽しかったと思ったけど、サマーンサーと言う友達は、スピンが好きじゃないから、ちょっと病気になってしまいました。サマーンサーちゃんは「ローラーコースターのようにライドのほうがスピンしているのライドより好きです」と言いました。それで、私のグルップはとてもこわいローラーコースターを乗ることをしました。みんなはうれしくて、気が立ったけど、私はいつもローラーコースターを乗らなかったから、とてもこわいと思いました。
私は「あのう、そのライドはちょっと高そうです、ね。バンパーカーズを乗ればいいのにと思う」と言いました。ジョンと言う友達は「いいえ、バンパーカーズはつまらないです。みんなはこのライドを乗りたいから、キューに待ちましょう」と言いました。それで、乗りたくないのに、キューに友達といっしょうに待って、うれしくなくなりました。ジョン君は「心配しないで下さい。必ずしも高いのライドはこわいと言うわけではない」と言ったけど、私はまだ心配しました。
そのライドはループが二つがありました。ライドの電車は駅でループを行って、それから、もう一度ループを後ろ前に行きました。私は乗りながら大きい声でさけんでいました。ループで目を開けられませんでした。そして、駅に帰った後で、足がふっているから、五分で歩けませんでした。でも、それ後で、そのライドは楽しかったと思いましたよ。みんなはもう三回に乗りました。
その日は私の一番ローラーコースターを乗りました。ちょっとこわくて、でも、とても楽しくなりましたよ。

ティファニー・ジェンさん

   私の面白かった一日

   高校の二年生の夏休みの時、家族と初めて日本に行きました。日本でツアーでいっしょに観光しました。私の面白かった一日はおんせんのホテルでした。
その日に、大きいホテルに泊まりました。このホテルはおんせんがありました。私は聞いた時、「楽しいそうだなあ」と思いました。そして、ホテルに着く前に、ガイドはたくさんきそくを教えてくれました。きそくの中で、一番きらいだったのは、おんせんに入る時、服やみずぎを着てはいけないことでした。そして、おんせんでは、みんないっしょに同じおふろに入らなければなりません。つまり、私は、アメリカで生まれて、育ったので、何も着ないでみんないっしょにおんせんに入るのがすごくはずかしいと思いました。しかし、おんせんに入りたかったです。それに、いつまた日本に行くか分からないので、たくさん日本文化を経験したかったです。
ホテルに着いた時、日本の文化を経験しました。たとえば、私たちの部屋はたたみがあって、ゆかたを着ました。そして、私は日本のおんせんの文化は全部経験したかったので、しにくいことにしました。仕方なかったです。その晩中におんせんに入ることにしました。
ホテルはうちゆと外のおんせんがありました。午後、私は一人でうちゆに行くことにしました。母と妹と、いっしょに行きたくなかったから、一人で行きました。その新しい経験は、少しはずかしくて、しかし、面白かったです。おんせんの中で、たくさん日本人のおばさんがいたから、少しだいじょうぶでした。おばさんたちは、何年もおんせんに入ったことがあるから、はずかしくなっかたと思います。そして、おんせんに入る前に、みんな同じ所でシャワーをあびました。おんせんに入った時、すごくきもちがよかったです。その後で、外のおんせんをさがしました。そのおふろが小さかったから、だれもいませんでした。日本人は大きいおふろが大好きらしいです。でも、やっぱり、私は自分のプラバシーがほしいです。私は、そのおふろがいい所だと思いました。これはおんせんの経験でした。この日本のおふろの経験はとても面白かったです。必ずしもこの文化が悪いというわけではありませんが、私はおんせんに知らない人といっしょに入りたくありません。
この経験以外にもいろいろなことをしました。ホテルで、おいしい日本料理を食べたり、おいしいおもちを作ったり、夜にふとんで寝たりしました。これは初めて日本のふとんで寝た経験でした。
   本当に面白かった一日でした。少しはずかしかったですが、日本に行ったら、日本文化を経験するべきだと思います。

オッテン・ブライアンさん

私の一番好きな春休みだ

   子供の時から中学校の時まで、 毎年の春休みに私と家族はたいていどこかに行きました。 しかし、あの時は私がまだ若かったので、どこに行けばいいか決められませんでした。家族はフロリダ州が好きなので、よくそこに行きました。 けれども、私が大学生になってからは、友達と旅行する方が好きです。 
去年の春休みの前に、私と同級生は何も春休みの予定がありませんでした。だから、 ケリーはサンフランシスコに行くことにしました。サンフランシスコは行ったことがなかったし、カリフォルニアで働きたいし、それに景色が美しいし、本当に行きたかったんです。 ケリーのルームメートとルームメートの彼氏も行きたいと言ったので、カリフォルニアに行くことにしました。ケリーのルームメートの名前はステファニーで、ステファニーの彼氏の名前はデービッドです。ケリーは飛行機でサンフランシスコに行くことになりましたが、私とステファニーとデービッドはどうやってサンフランシスコに行くか未だ決めていませんでした。 ドライブをすることを考えていましたが、 私たちはドライブをするのは時間がかかりすぎると思ったんです。 それで、 その時は飛行機のチケットが安かったので飛行機でサンフランシスコに行くことにしました。私はケリーと一緒に行って、デービッドとステーファニーも一緒に行きました。
サンフランシスコに着いた後で、観光のために車を借りました。 借りる車によって、高くなれます。 普通は、車がよければよいほど、高くなります。 借りた車は一番高いのじゃなかったんですが、とても立派な車だったと思います。実は、私たちが泊まった家は空港からあまり遠くなかったので、家に行くのは長い時間は掛かりませんでした。
旅行の間、二、三度ぐらいサンフランシスコのダウンタウンに行きました。カリフォルニアは急な坂で有名なので、サンフランシスコでドライブをすることが特に怖いと思っていました。 しかも、 ドライブしていた車は私の車じゃなかったので、本当に心配していました。サンフランシスコでは買い物をしたり、観光をしたり、埠頭に行ったりしました。サンフランシスコに行ったのは初めてだったなので、みんなが面白かったです。
後で、ステファニーとデービッドが着きました。彼たちは私が借りた車を見たら、びっくりして、 「すごいなぁ」と言いました。それから、ケリーの妹さんの友達も着いたので、家がちょっと込んでいたんですけど、かなり楽しかったです。 
   ステファニーとデービッドはまだサンフランシスコに行ったことがなかったので、もう一度サンフランシスコに行きました。そこにいる間に、 写真をたくさん撮りました。 また、 皆は日本文化が好きなので、日本町に行きました。 日本町と中国町とずいぶん違いました。 私たちが行った時は日本町はあまり込んでいませんでした。 しかし、必ずしも人が少なかったら、町がつまらないと言うわけではありません。夏休みの時に、日本町はもっと込んでいるだろうと思います。中国町も面白くて、楽しかったですが、 日本町のほうが中国町より好きでした。 結局、 最後のことは、 ナッパバリーと言う所へ行きました。たくさんの緑があったし、しかも山もたくさんあったし、そこにはすごく美しい景色がありました。
ケリーの妹さんはボストンに帰ることになったので、みんなは午前の四時まで起きていました。 私は寝た前に、ケリーの妹さんと別れました。 
人は時間があれば、なるべくカリフォルニアに行くべきだと思います。 そのうちに、もう一度サンフランシスコに行ってみたいです。 カリフォルニアに早くいけば行くほど、いいと思いますね。 

ジャスティン・キッズマンさん

   変な日

   最近、ヘンナ日がありました。その時に、何も変じゃなかったです。その朝に、九時ごろ起きました。両親と話しまして、シャワーをはびました。後で、両親と使いをしました。
   初めて、私たちはワールマートに行きました。大学にもっていく飲み物を買いました。お父さんは車を治す物を見つけなら、お母さんとハーローウィンのふくを見ました。私たちはお母さんの友達のプレゼントをさがしていました。
   次、兄さんの家に行きました。めいわくなために、私たちはそこにいきたいです。でも、兄さんは私のよることが大好きだと思います。一時間ぐらい兄さんの家に泊まりました。
   今は少しく変になりました。ベストバイーにいきたいから、私の両親はベストバイーにつれ行きました。着けた時に、私の上司を見つけてしまいました。上司は私に「サンクスギビングの休みに働かなければいいです。」と言いました。そして、チェックをもらいました。でも、三か月から働いていませんでした。まだ私はそれを分かりません。終に私はわりびきを使えます。とてもラッキーでした。
   出来る時に、私は友達と話しかけました。友達は私がわりきをつかわられて、チェックをもらわれて、働かなければいいて、困っていました。それはじょうだんです。友達は私とそのことを笑いました。
   その後で、私のたんじょうびのために、私は家族とガールフレンドとレストランに行きました。とても楽しかったです。それまでに私の家族をあまり話しかけれないです。私は大学を家族とはなしました。そして、兄さんはけっこんするよていことが話しました。ずっと面白かったです。
   レストランに出きった後で、私はガールフレンドと友達のパーティーに行っていました。でも、私のガールフレンドが私を落ちってしまいました。それで、ガールフレンドの家につれ帰りました。あまりうれしくなかったです。
   その夜に、私は友達たちと遊びに行きました。オルドシカゴーと言うレストランに行きました。ストリーを言ったりビールをのんだりしました。それは楽しかったです。後で私の家に帰りました。私の家に入りなら、私の足のゆびをドーアでぶつけられて困っていました。私の足のゆびをおってしまいました。いい終わり方その日だと思いました。それから、両親とはなしかけたり、ねるふくをきがえたり、コンピュターをしたりしました。そして、私は寝入りました。

フォンユー・ハンさん

思い出の一日

   私は小さい頃から父の仕事の為に中国に引っ越して、そして高校までずっと国際学校で勉強しました。所謂国際学校は、外国人だけ入学する事が出来るやアメリカかイギリスの教育制度を使うなどの学校です。私の学校はアメリカの教育制度を使っているので、アメリカにある休暇と祝いが私の学校にも大体あります。
   毎年学生会はハロウィーンイベントを主催するのが学校の伝統です。そして高校の時学生会の副会長になった私は、ハロウィーンイベントの仕事をするべきでした。イベントの第一部分はムードを作る為にホラー映画を見せたいと思いました。でも観衆は高校生なので映画は乱暴過ぎるのはいけません。適当な映画を選ぶ仕事は、先生が私に任せさせました。
   実は私は鬼が怖いです。克服したかったが、なかなかできませんでした。吸血鬼や悪魔など西部の化け物は信じませんので全然平気ですが、東部の鬼が怖いです。もし西部の化け物が本当にいれば東部の鬼と違って、色々な倒す方法があります。吸血鬼は大蒜や十字や銀の弾丸などが怖い事が知っています。悪魔も十字が怖いので、家に十字があれば吸血鬼と悪魔が倒せるのは一石二鳥です。でも鬼と会う時はどうすればいいのか全然分かりません。実体がないし、いつかどこか出て来るのが予測できません。それに映画によって普通の武器も害を与えられないらしいです。つまり、何も使っても自分を守れません。じゃあどうすればいいんでしょうか。以上の理由で、私は鬼が怖いです。
   昔家族と一緒に「花子」と言うホラー映画を見えていた時、鬼が出て来た瞬間私はとても怖かったが、逆に父は我慢できなくて大爆笑しました。それから長い間ホラー映画をあまり見ないようになりました。しかし映画を選ばなければなりませんので、仕方がありませんでした。大部分の学生はアジア人なので、私は英語サブタイトルがあって、人気があった日本のホラー映画を選びました。
   その夜私は一人で居間にいました。兄はもう卒業してパデューに来て、そして両親は旅行に行きました。平日の夜だったので、友達を呼ぶのは良くないと思いました。だから私は一人でソファに座って映画を見始めました。まず「呪怨」と言う映画を見ました。怖かったが、何となく堅持して最後まで見ました。次は「リング」と言う映画。DVDは大体メインメニューに入る前に短いビデオがあります。リングの短いビデオは本当に自分のテレビが壊れたような壊れたテレビスクリーンです。メインメニューに入るのを待ちながら、少しずつ不愉快になりました。三分が経過しましたが、何も変えませんでした。わざとかなと思ったが、「そうじゃない」と感じしました。
   五分が経過しました。暗い居間で不気味な光が閃いて続けました。沈黙の家で壊れたテレビの雑音が堪れなくなってしまいました。もう待たないと思って、リモコンを取って「SKIP」のボタンを押しました。何も変えませんでした。もう一度押した、二度、三度…でも壊れたテレビスクリーンは続けてしまいました。空気は重くなりました。闇に誰かが私を見ている視線が感じました。いるかいないか、冷汗がかきました。「もうやめよう!」と思いながら「EJECT」ボタンを押しましたが、変な事が起しました。DVDは出て来ませんでした。気が狂っていた私はソファから飛んで、テレビを消しました。
   それから私は怖すぎて動けなくなって、母が電話したまでにずっとテレビの前に座っていました。母の声を聞いたと、とても安心になって、動けるようになりました。話しながら、私は居間から逃げました。
   その日は、今まで一番怖かった一日でした。

クリスティーン・キムさん

私の人生中一番重要な時

   私は一九ハ九年ニューヨークで生まれて、七年間ニューヨークに住んでいました。七年後、私の家族は韓国に引っ越しました。韓国で小学校に行って、たくさんの友達に会いました。 でも、六年後に、父の“教授交換プログラム”のために、家族はもう一度アメリカに行きました。“教授交換プログラム”は一年間だったために、サウスベンドで一年間すんでいました。私は英語が上手じゃなかったし、私の友達がいなかったし、学校生活はとても大変でした。昼ごはんを食べる時と宿題をする時も全部一人でしました。とても孤独な時でした。でも、英語を勉強したし、せいせきがとかったし、たくさんの友達ができました。まだ彼らの名前を思えています。
   一年後に、私の家族は韓国にかえらなければいけませんでした。でも、私はアメリカに住んでいたかったから、両親の許可をもらって、私だけホームステイをして、アメリカにのこしました。ホームステイはとてもたいへんでした。ホームステイのホストはとても厳しいし、老人し、ホームステイの生活はとても難しいでした。三月間ホームステイをすることを悲しみするために毎日両親と電話をする時泣きました。多いストレスために私の成績はどんどん落ちりました。でも、重要なことを悟りました。難しいの決定にもかかわらず、両親は私の未来のためにアメリカで私だけ残しました。両親は私に信頼してから、もっともっとがんばってしなければいけませんでした。この時に私は私と戦いをかちしなければいけませんでした。実感して勉強したら、結果はよかったでした。とても多い友達を知り合いし、私の成績は上昇なりました。テニスもミュージカルをしたら、学校は楽しいなりました。六年後で、高校に卒業しました。私、その六年間もっと多いことを習いましたと思いました。両親は私をとても愛するためになんでもしたいし私と戦いことは難しいことを習いました。韓国では習えませんことでした。この時はまだ私の人生中もっと大変な時とか思います。でも、この時はまだ私の人生中もっと重要な時とか思います。

ジョナ・ウィルソンさん

大学の初日
私はとても面白くと思っている日が大学の初日です。私は一年生である時にヨーングと言う寮に住んでいました。私の田舎からパーデューキャンパスまで二時間ぐらいかかります。パーデューは学期を始まる前にBGRと言う手ほどきがあります。私は早く田舎を出るためにBGRに出席しました。今、BGRに行った事が間違いだと思っています。ヨーング着いた時に寮に入京するために人が多くて待っていました。皆は興奮していましたが私は興奮事や嬉しい事などがあまり好きじゃありませんので困っていました。ヨーングのロビーに行って私の鍵を取りに行って私と両親と私の部屋の事もエレベータね入りました。ヨーングは十回で私の部屋が十回にありました。エレベータを出た後で左に曲がって廊下の先に歩いて私の部屋は最後の左にありました。部屋番号はまだ覚えていて1056でした。廊下にほかの人は誰もいませんでした。私と父は私の所持品を仕舞いました。母は車を動いて部屋に帰りました。所持品仕舞った後で父と私は賭けを賭けました。私は両新に電話をすれば五ドール父に払わなければなりませんでした。父は私に電話すれば同じ掛金を私に払わなければなりませんでした。賭けた後で両新と抱き締めて両新は部屋を行きました。私の部屋は大きい窓があって両新の車を見えて行っている時に両新を見ました。両新を見えない時に体を無感覚になって嬉しくなって遂に自由になりました。廊下に誰もいなかったので自分の部屋を組織してインターネットを創設しました。ヨーングのインターネットを創設事がちょっと難しかったが私は頭がいいので問題がありませんでした。誰もいなかったので私はちょっと飽きたになってインターネットを拾い読みしました。でも、拾い読みするのが早く飽きたになったのでキャンパスの進歩をするにしました。ヨーングのトンネルで歩いてパーデューメモリアルユニオンへ行きました。パーデューメモリアルユニオンから宛先がないでキャンパスに探検しました。二時間ぐらいかかってヨーングに帰りました。部屋に歩きながらほかの人を見ましたが、紹介をしませんでした。私に話したけば、私の部屋に行けると思いました。この晩音楽を聞きながらクリースと言う隣人は私の部屋に行って紹介をしました。クーリスと私は同じ音楽が好きでROTCも一緒にする事にしました。私はクーリス出た後で寝る事にしました。次の日BGRため早く起きなければなりませんでした。この時嬉しかった。私は大学に遂に入りました。

ケイティー・プーンさん

思い出の一日
   今年の八月一日は今までで一番うれしかった一日でした。友達のクリスティーナの勤めている会社でインターンシップして初めて、友達の引っ越しを手伝いました。
一か月ぐらい前に、クリスティーナはラマアイランドに住みたいと考えていました。ラマアイランドは香港にある二番目に大きい島です。この島の空気はきれいで、人が少なくて、静かです。また、香港の中心地から船に乗って二十分で行くことが出来るので、とても便利です。クリスティーナは六月中旬にラマの旅館に六泊すると、この島に住むことに興味を持つようになりました。私のおじさんはラマで生まれて、育ちましたから、安くて、いいアパートを探せました。
クリスティーナはとても忙しかったけど、八月一日までに、たくさん準備をしなければいけませんでした。私たちは仕事の後に、様々な家具を買って、引越し会社に電話して、船の会社に連絡しなければいけませんでした。私はそれらのことをしたことがないので、ちょっと大変でしたが、おもしろいと思いました。
八月一日に同僚と八人で一緒にクリスティーナを手伝いました。私たちはラマのフェリー乗り場で家具や、彼女の物を待ちました。この島の道は狭くて大きい車が通れないので、引っ越し会社の人は来ることが出来ませんでした。それで、おじさんの友達に頼まなければいけませんでした。おじさんの友達は小さい車で家具を運びました。
クリスティーナのアパートは丘の上に立っていて、フェリー乗り場から遠かったけど、丘をみんなで歩いて登りました。しかも、香港の夏はとても蒸し暑いので、大変でした。私たちアパートに着いてから、家具を自分たちで組み立てました。私は初めて自分でベッドや、いす、たんすを組み立てました。それはおもしろい経験でした。
その後、私とクリスティーナと二人で日用品を買いに行きました。この島に住んでいる人が少ないので、日用品を売る店はたぶん三つしかありません。店の外でクリスティーナは小学の同級生に会ってびっくりしました。その同級生はラマアイランドに五年間住んでいると言いました。同級生と話した後、アパートに帰って、掃除を始めました。アパートはあまり大きくないので、掃除をしやすかったです。
六時間で働いてから、私たちは疲れて、おなかが空いてきました。クリスティーナはみんなと海鮮を食べることにしました。ラマの海鮮料理はとても新鮮だから、有名です。えびや、ハマグリ、ホタテ貝、ロブスターを食べました。そのレストランは海の近くにあったから、景色がとてもきれいでした。それで、写真をたくさん撮りました。それから、私のおじさんに「ありがとう」と言ってから、フェリーに乗って家に帰りました。
私たちは全員疲れましたが、自分たちでたんすを組み立てるといったおもしろい経験が大好きなので、その日は今までで一番うれしかった一日だと思いました。

セイディー・スミスさん

私の一番面白かった一日  

  今まで、私の一番面白いの日が京都で観光旅行するの日です。私の高校は五月の期間と言う休みがありました。五月の期間に面白い授業を取るか海外旅行をしました。私は高校の四年に日本語の授業のクラスメートと十日に日本へ行きました。ひろしまと京都とならと東京とにっこに行かったのに、京都で観光旅行することが一番面白かったと思います。
  まず、私の日本語の先生のお兄さんに会いました。まつりさんと言うお兄さんの人はとても親切な人です。先生は京都の場所と道が知らないので、まつりさんが私達に手伝いました。それから、三十三間堂と言う有名なお寺に行きました。お寺の中で三十三間堂が少し違うと思います。三十三間堂の中に一千一つのぞう(statue)があります。そのぞうはぶっだのメッセンジャーのイメージに作るですから、ずうが何も同じではありません。それで、私は三十三間堂の歴史がとても面白いと思います。次にレストランで昼ご飯を食べました。私のおべんとがとてもおしかったですがおはしで食べにくいでした。
  昼ご飯の後で、清水寺と言う大きいお寺へ行きました。そのお寺はレダルでいい水を飲むことが出来ます。清水寺から京都を見解見ていったですから、とてもきれいでした。そして、庭(garden)の池にこいと海ガメがたくさんありました。清水寺にはたくさん建物と会談(stairs)があるので、算法をしってから、疲れるようになりました。午後に、二条城へ行きました。二条城の中には、かべとてんじょうにすごい絵があります。その絵には金ばく(gold leaf)ときれいな石を作りました。二条城の作る時、どろぼうを入られない事がほしでしたから、キーキー言う地価やかっくされた部屋や作りました。そして、とてもきれいなにわがあります。私は二条城の中でいい写真を取らなかったので、はがきを買いました。
  それから、京都のダウンタウンで友達と歩いていました。京都駅を行くみたいでしたが、まず駅に行きました。京都駅は当たらしビルですから、京都のような古い町に少しおかしいんじゃないかと思いました。でも、テラスとスカイワークから京都のダウンタウンを見ることが出来ます。私はその事がとてもきれいでした。そして、買い物をしました。小さい店が同じおみやげを売りました。日本の大きい町で、パチンコと言うゲム所がたくさんたくさんあります。パチンコをすることが難しいすぎるだったので、パチンコをあまりしませんでした。最後に、ホテルに帰りました。

ミッシェル・プライスさん

私の一番楽しかった一日

  私の十八才の誕生日は一番楽しかった一日でした。私の誕生日は四月三日ですが、春休みにありました。私の祖父母はフロリダに住んでいるので、昼休みに私と私の友達(バートンとジョセフとジェイコブ)はフロリダに行きました。私たちは色々なところに行きました。フロリダにカイヤキングをしたり、たくさん食べ物を食べたりしました。
私の誕生日の朝に私の友達は私に起きながら、『お誕生日おめでとう』を歌いしました。バートンは『今日はいい天気になりそうだ、ビーチをしましょうか。』といってしいました。でも、ジェイコブはビーチに座りだけというが好きじゃない、面白いのほうがアクティビティをしたいでした。ジョセフもつまらないと思っていました。そして、ビーチに行って、カイヤキングをして、中国のビュッフェに行くことにしました。
おいしい朝ごはんを食べた後で、ココビーチに行きました。八時の前に行くので、私たちだけにいました。二時間、三時間ぐらいまでにすなにねました。(私は寝むことが好きです。)けれども、その海はつめたすぎるですが、隣の中国のビュッフェに行きました。
ビュッフェに行くながら、コンビニにとまっていました。コンビニで私の初めてのふくびきのチケットを買いました。私は『ウイナー』でした!二ドルでした。ビュッフェにたくさん面白くて変な食べ物がありました。私の一番好きなビュッフェの食べ物はかきのからの中にかにとかきにあります。おいしかったです!男の子にいるので、私の友達はたくさん、たくさん食べ物を食べました。でも、必ずしもよく食べればふとっているというわけではありません。食べすぎた後で、カイヤクのところに行きました。
カイヤクのところでライフベストを持ってカイヤクに入りました。二人や一人のカイヤクがありますが、私たちは一人のカイヤクがほしいでした。まず、初める前にパドルのし方を教えていました。まもなく、マナティーのクループにみました。私はマナティーを見るの初めてでした!子マナティーは私のカイヤクの側に泳ぎました。マナティーはおきい、でもとても親切です。後で、私の祖父母の家に帰りました。その家で、私のお祖母さんは私たちにすき焼きを作くってあげました。私の友達はお箸の持ち方はにくいだと思いました。でも、みんなさんは早く食べました。
私の十八才の誕生日は私の一番楽しかった一日です。私はビーチにねった、お金を取った、たくさんおいしい食べ物を食べた、マナティーと泳ぎました。

2009年10月16日金曜日

ミッシェル・プライスさん

アーティチョーク宮の心臓
    むかしむかし、おうじょがいました。そのおうじょのなまえはピーポッド姫です。ピーポッド姫は冷蔵庫の五階に住んでいました。これの冷蔵庫は大きいですから、一階にアーティチョーク宮は住んでいました。アーティチョーク宮はピーポッド姫はきれくてしんせつな姫だと思いました。でも、アーティチョーク宮はピーポッド姫にぜんぜん会いませんでした。
    アーティチョーク宮の二十才の誕生日に両親に「つまを探したい」と言っていました。おアーティチョークさまは「私たちはこの日を知って来る。それに、あなたの母と私は冷蔵庫の五階にいければいいのに。がんばって!」と言っていました。次の日、アーティチョーク宮は家を出ました。
    まず、アーティチョーク宮は二階に行きたい。でも、のぼりものがありません。つまようじではしごを作ることがようにした。アーティチョーク宮はのぼりやすいでした。でも、はしごは重すぎる、そして残しました。のぼった後で高いハム山を見ました。歩いていったから、悲しいにんじんを見ました。アーティチョーク宮は「すみません!にんじんさん!だいじょうぶ?」と言っていました。にんじんさんは「いいえ、私の友達ディップさんをどこか分からない。私は一人の友達しかない」と言っていました。「うそ!私は友達です。あなたといしょうに五階に行きましょうか。」と言っていました。にんじんさんは「困ったなあ。アーティチョーク宮は?ディップさんは?はい!行きましょう!」と言っていました。
    アーティチョーク宮と新しい友達は三階に行きました。アーティチョーク宮は短いので、にんじんの肩に立ちました。のぼった後で、立つ前に、悪のミルクとチーズはこげきしました。子供はミルクとチーズの方が野菜よりすきるので、ミルクとチーズは亜アーティチョーク宮とにんじんさんが大嫌いです。ミルクは近い歩きながら、にんじんさんはアーティチョーク宮ひろって走りました。大きいはこに後ろに待ちました。今に、にんじんはとても眠いでしたから、ここに寝ました。でも、ピーポッド姫をだと思うので、アーティチョーク宮はなかなか眠れませんでした。
    次の朝、「ドンドンドン」を聞けました。アーティチョーク宮は起きました。「にんじんさん!聞けました?あのはこのなかにいますよ!」と言っていました。はこのふたを取っていました。でも、今「ドンドンドン」を聞けない!ふいに、長いスパゲッティ麺を出っていました。あのスパゲッティは「おはいよう!」と言っていました。「ありがとうございます。二週前にあのはこに入れました。なんでもしてあげますよ。」アーティチョーク宮は「実際に、五階に行きたい、でも高すぎるなあ、とてものぼれない。」と言っていました。「つまり、私はここに五階までストレッチをした?私は冷蔵庫で一番長いスパゲッティです。」「はい。ありがとう。」といっていました。
    五階にピーポッド姫を探していました。知らない人に聞きました。「お姫様は今にルタバガさまとけっこんすることになったんだ。」といっていました。たいへんだ!悲しいアーティチョークさんとにんじんさんと家に帰ったほうがいいでした。でも、「ちょっと待って!アーティチョーク宮、ルダベガさまを結婚するしたくない。私の両親は結婚してさせます。」
    ピーポッド姫とアーティチョーク宮とにんじんさんといしょうに六階に行きました。

2009年10月14日水曜日

シャーリー・ユーさん

物語

百年前に、「ニューラン」という町に女の子がいました。桃子と家族が一緒に住みました。桃子は姉ちゃんと同じ学校に行きました。桃子は小学校三年生でした、姉ちゃんは五年生でした。桃子と姉ちゃんの性格は違うので、桃子は姉ちゃんを嫌いました。悪い関係でした。
週日、桃子と姉ちゃんは八時前に行きました。毎日七時起きる後、朝ご飯を食べました。それから、七時半くらい学校に行きました。姉ちゃんは毎日自分で起きるし、朝ご飯を食べるし、昼ご飯を学校に持って行きました。桃子はその大きい問題があった、でも桃子はその問題を問題と思いませんでした。それは大変です。
桃子は毎日起きてほしいじゃないです。遅く起きたので、朝ご飯を食べるの時間がありませんでした。それに、いつも教室に遅く着きました。授業中、隣のいい友達といつも話しました。時々先生を話すの時、空想をします。授業の後、時々公園に友達と遊びました。桃子は家に帰る後、ケーキを食べました。ケーキを食べた、寝いました。毎日午後三時間くらい寝います。仮眠で起きた、晩ご飯の時間です。家族と一緒に晩ご飯を食べて、テリビを見ました。そして、シャワーを浴びまし。最後に、また寝いました。桃子の欲しいことは寝ると食べるです。宿題を全然しないし、勉強もしません。小学校一年から、テストを全部落ちました。家事を手伝いません。夏休みな時、宿題をあるけど、最後の日宿題を全部したいでした。家族を桃子さんに手伝いました。桃子は何か分かりません。つまり、怠惰な子供です。
桃子の姉ちゃんは違います。姉ちゃんは自分のことが自分でします。七時起きました。そして母に朝ご飯を作って手伝いました。朝ご飯を食べる後、早く学校に行きました。授業の時、先生に聞って、問題を答えました。授業間に、休みの時間を十分があるだから、宿題をしました。授業後、姉ちゃんは時々図書館で友人と宿題をしるし、勉強をします。四時くらい家に帰るから、宿題を終った時母に晩ご飯を手伝います。晩ご飯を食べた、また勉強します。姉ちゃんはいい子供見たいです。いつも成績は高いです。どちら中学校に申し込みつもります。いい中学校に入れて欲しいだから、勉強をします。それから、いい 中学校は授業料を高いので、奨学金を必要です。
同じ両親は桃子と姉ちゃんに生まれました。しかし、とても違い性格があります。姉ちゃんは家族が全然心配為ません。しかし、桃子は家族がいつも心配します。「将来桃子はどんな人をなりますか」考えます。桃子は自分の将来を考えなければならないです。

2009年10月13日火曜日

フォンユー・ハンさん

 
太った姫の物語り
   昔々、とある深い森の中に、一つのお城が立っていました。そしてお城の真ん中に住んでいたのは、王室の国王と女王と百キログラムの姫でした。姫は絶対権利者である国王の一人娘なので、小さい頃からずっと甘やかされました。そのせいで、姫は不精になって、そして毎日沢山大好きな甘いものしか食べないことになったのは、誰も止められませんでした。豚のようになった姫は太りすぎて、皆に「太った姫」と呼ばれて、それに嫌われました。
   ある日、太った姫は川の近い場所でアフタヌーンティーを楽しんでいた時、白い馬に乗ってハンサムな男が森から飛んで来て、びっくりした太った姫の前で止まってしまいました。「やっと誰かを見つかった。俺は、クリス。マスと言う国の王子だ。狩りの途中、ちょっと道に迷ったんだ。もうすぐ夜だから、困っている。この国の国王と会いたいが、お城はどこだろうか。良ければ、道を教えてくれるかな。」王子はそう言ってから、笑いました。完璧な顔と完璧な笑顔、太った姫は白い馬に乗っていた素敵な王子の姿に一目惚れしました。
   あの夜、王子は城で泊まってから、次の日に帰りました。王子が見えない日々に、恋に落ちた太った姫にとっては病気のような辛いことでした。
大事な王子と再会のために、太った姫は勇気を出して、一人の旅をするのを決めてしまいました。自分の国から出て、姫は初めて自分の力で生きました。旅の途中、お金が全部払ってから、生きるのを大変になりました。時々太った姫は諦めたかったが、毎度諦める縁で目を閉じて、白馬に乗っている王子の姿が目に浮かんだと、また頑張る気がしました。王子のために、どんな辛かった時があっても、太った姫は我慢して、前に進んで行きました。平民の生活を経験して、毎日食べられるためにちゃんと働かなければならない太った姫は、少しずつ変わりました。太った姫は前の自分がわがままや自己中心などってことを気付いて、改良するようにしました。旅の間、心が優しくて、立派な女性になった太った姫は、初めて自分が生きていると楽しさを感じました。
   こうして、五年もかかっても、太った姫はやっと王子に住んでいる国に着きました。それで、王子の傍にいられるために、お城の女中として働きながら、王子との再会を待ちました。そうすると、「いつかきっと王子に会えるようになる」って、太った姫はそう信じていました。そして、あの日が思ったより早く来ました。ある日、太った姫は掃除していた時、王子は部屋に入りました。でもあの時、王子の前に立ったのは、もう出会いの時の太った姫じゃなくて、代わりに痩せていて、優しい美少女がいました。王子は一目で綺麗な姫を好きになりました、それから、やがて愛し合うようになりました。
   しかし王子と女中の恋愛は、許容できないことに決まっています。ところがそのことを聞いたこの国の王は、大変怒りました。国王は王子と姫を目の前に呼んでから、二人に「君たちは、自分の地位を考えて!恥を知れ!」と言いました。王子は、王の圧倒的な強さに従わないことができなくて、悩んでいた時、姫は話しを始めました。
   「王子様は覚えられないかもしれないけど、私は昔、王子様と会ったことがあります。実は、私は一国の姫なんです。王子様は、五年前に道に迷った時、私たちは私の国で出会いました。あの時から、私はずっと王子様のことが好きになったです。」姫、ゆっくりで、五年間のことを全部教えてあげました。王子が驚きすぎて、話せなませんでした。国王は姫の言葉を聞くと、感動して、そして口を開けました。「私は、王子から道に迷ったことについて聞いた。まさかあなたはあの太った姫なんだ。王子のため、国まで来るのは大変だっただろう。そんなに王子のことが大事にしているか。まあ、君は一応お姫だったから、結婚しても許すかな。」
   それから、王子と姫は結婚して、幸せに暮らしました。

ジェン・ティファニーさん

食べもの物語
   けさバナナさんが早く目を覚ましました。この日はバナナさんの一番わくわくした日です。この食事の時に,バナナさんとバナナさんの友人たちは、トム君という子供のおなかに行くことになりました。サラダランドで、この旅はめいよあることです。大きくなった時、サラダランドの食べ物はこの旅をすることになっています。今日はバナナさんとレタスさんとトマトさんの番です。
   サラダランドの隣にデザートランドがあります。デザートランドの食べ物はトム君のおなかに行きません。トム君のおなかに行く時、「母のきそく」という大きな門を通らなければなりません。そして、この門はデザートランドの食べ物がよくないと思っています。それで、デザートランドの食べ物はこの門をなかなか通りません。一人ではすごく行きにくいです。たくさんデザートランドの食べ物は旅をしないで、家で寝ます。
   しかし、デザートランドのアイスクリームさんは本当にこの旅をしたいと思っています。大事な夢です。毎日、アイスクリームさんは一人でしゅぎょうしています。それに、運動するから、アイスクリームさんのカルシウムが上がって、あじがよくなります。アイスクリームさんは、「僕はいい物になるから、大きな門が通れる」と思っています。
   ですから、バナナさんとレタスさんとトマトさんはさらという所に着いた時、アイスクリームさんも着きました。さらは旅の最初の出発点です。バナナさんとレタスさんとトマトさんはアイスクリームさんを見た時、「これはおかしい」と思いました。レタスさんはアイスクリームさんに「どうしてここにいるの」と聞きました。アイスクリームさんは「僕も旅をしたいから」と答えました。その時に、トマトさんは「でも、いっしょに行くから、トム君は私たちをはくよ」と言いました。アイスクリームさんはそれを聞いた時、悲しくなりました。バナナさんもアイスクリームさんの顔を見た時、悲しくなりました。バナナさんは本当にいい食べ物だから、バナナさんは「大丈夫、私はアイスクリームさんといっしょに行く」と言いました。レタスさんとトマトさんはそれを聞いた時、信じられませんでした。しかし、これは友人ののぞみです。それで、レタスさんとトマトさんは先に行きました。アイスクリームさんは本当にびっくりしました。「どうして僕と行くの」と聞きました。バナナさんは「アイスクリームさんはあまいから。私もあまいから、友達になれる」と言いました。アイスクリームさんはそれを聞いた時、すごくうれしくなりました。バナナさんはアイスクリームさんが作った始めての友達になりました。それから、一時間後、バナナさんとアイスクリームさんはいっしょに「母のきそく」を通って、トム君のおなかに行きました。

ジョナ・ウィルソンさん

一人で全部はよくになる
8年前小さい家男の子はインターネットで女の子に会いました。男の名前はジェイソンで女のはキームです。早く友達になって毎日コンプータか電話で話しました。ジェイソンはインディアナに住んでキームはイリノイに住んでいますが面と向かってで全然会った事がありません。たくさん時間かかってキームと男ジェイソンは毎日話しましたが会った事がありませんでした。今、ジェイソンとキームも車があるのにだれも訪問する事がありません。
キームとジェイソンの関係はちょっと複雑です。ジェイソンはキームが好きなのにキームは互いの感情がありません。実は、きームはアンディというボーイフレンドがいますがいつもジェイソンに不平を言うために電話します。ジェイソンはいつも「あなたが不幸であればアンディとわかればいいのに」といいますがキームは全然アドバイスを聞きません。
それでも、11月2009年にたくさん違いました。ジェイソンはキームに会うためにイリノイに行きました。この日には一緒にあまり時間をすごせません。でも、ジェイソンの旅行の理由はキームに会うだけです。12時にキームの家に着いてキームのケータイに電話しました。キームは驚いてドアを開けて外に歩きました。ジェイソンはキームの頬にキースをして抱き締めました。挨拶した後で一緒に近いレストランへ歩きました。歩きながら、何でもについて話してたくさん笑いました。それでも、キームはいつもアンディについて話してほしかった。ジェイソンはちょっといらいらしましたが何も言いませんでした。キームは「ヴィタべーラピーザ」というレストランでアルバイトをするので、このレストランへ行きました。食べながら、キームとジェイソンも自分の冬休みの予定について話しました。キームは冬休みにフロリダかカリフォルニアに行くつもりです。ジェイソンはちょっと羨ましがるになりました。ジェイソンは自分のアパートに一人ですむ事にしました。お金がないので春休みまでどこも行けません。ジェイソンとキームは食べたばかりアイスクリームを買いました。その後にキームの家に帰って歩きました。キームの家帰る時にキームはジェイソンに抱き締めました。キームがアンディの家行くためにジェイソンは早く行かなければならなかった。
ジェイソンは家に帰りながらたくさん考えました。「キームはアンディが絶対わかれりません。ほかの女がいるので、だれでもとデートをできます。今一人でうれしいので女が必要じゃないです。」キームとジェイソンの会ったの日からほかの話すことがありません。

サディー・スミスさん

あやまかされた王子
 多くの年前、大きい城で男の子が王と女王に生まれました。王と女王は後任者がほしかったので、すごくうれしくでした。王子はとてもあやまかされました。両親に何でもほしのことをもらいました。それから、おうじは使用人たちにいじわるだったし、りこてき(selfish)だったし、悪い人になりました。王のまほうつかい(sorcerer)はあたまがよくて少し変でした。王子の十九さいの時、まほうつかいは王子のことにとても困りました。まほうつかいは王子に教訓を教えるために、王子を小さい犬に変えました。まほうつかいは犬を連れていて、城の外で一人で出ました。
 おうじはとてもこわくて、さびしくでした。かなしかったですから、ずっと犬でいるだろうと思いました。王子は三日間ぐらい町の中で歩きました。お腹がすいたになった、もうつかれました。王子はあきらめることにしました。小さい家の前に寝ていったら、手が拾っているのをかんじました。王子はその人と話したいのに、ワンワンしか言えませんでした。次の日、目を覚ます時若い女性に会いました。その女性はきれいくて親切な人でしたが、びんぽ(poor)でした。女性はふつなので、王子は女性のことが大嫌いでした。
 一か月から、その女性が犬の世話をしました。毎日犬に食べ物をくれたり、犬と遊んだり、犬と色々なのことを話しました。若い女性は本当に犬が大好きでした。王子に、その女性が大事な人になりました。王子は女性がきれいくて頭がよくて親切な人だと思いました。若い女性はしんぼづよい(patient)にいることと働くのことを教えました。少しずつ王子は自分のくらし方が間違っていたと分かりました。王子はりこてきな考え方ではじていました(to be ashamed)。
 一日、王子は町で両親の見たことがありました。それから、王子は両親まで走して、「父」と「母」を言えました。でも、両親が「ワンワン」しか聞きませんでした。王子は「むだなですよ」と言えました。実は、王と女王はむす子のことを心配しました。王と女王は王子の帰ることがきぼうでした。まほうつかいが王と女王に「だいじょうぶ」を言えました。まほうつかいは将来を見たことが出来るので、王と女王がまほうつかいにしんじていました。
 まほうつかいは王子のはつかの誕生日に王子をさがしました。王子は教訓を習いましたですから、まほうつかいが王子を人間に変えました。王子はとてもびくりしていました。まず、大きい城に帰りました。両親に会いて自分の話を教えました。それから、その若い女性の小さい家に帰りました。若い女性はびくりしましたが、犬と王子さんが同じ人を分かりました。王子は「ありがとう」を言えました。とぜん、王子は女性のことが大好きだようになりました。それから、「僕と結婚して下さい」を言えました。

ニッキー・ラフューズさん

みにくい女の子
   むかしむかし、キャッスルの近くに美しい女の子を住んでいました。女の子の名前は「みやび」でした。女の子は美しく長い髪とかんぺきな顔がありましたが、せいかくがとても悪かったでした。つまり顔が美しいしかありませんでした。
  みやびはキャッスルの外に、とてもみにくい子供に会いました。みにくい子供は「あのう、すみませんが…」と言いました。みやびは変な顔をしました。「あなたが私に話していますか?」みやびはむかつくを見えました、「あっちへ行って!」手をふりました。
  みにくい子供はみやびににらみました。みにくい子供はピンクのけぶに消えてしまった。みやびはみにくい子供の声しか聞けませんでした。「みやびさん…」みやびは目をまばたいていました。「あなたがおそろしいせいかくがある!ゆえに、私はみやびさんにまほうをかける予定です。あなたがみにくいにとなります。しんせつにいれば、きれいになります。1、2、3…」3を言ったら、みやびの髪が短いになって顔がみにくいになりました。
  みやびは「きゃっ!」と言いました。「どうして?! 私はみにくいがいかんしたくない!」
  おだやかの声が「親切になったら、ふたたび美しくなります。」と答えました。
  みにくいのみやびが泣きました。「どうして!? どうして…困ったなあ!」
  「なきむし…」すべてが静かになりました。
   5時間後に、みやびは立っていました。「親切になることにした!」と言いました。
  まず、みにくいのみやびは町のこじいんにほうもんしました。みやびの見かけは女性こうちょうをこわがらせました。「何て!こった!」
  みやびが「女性こうちょう、ちょっとお願いがあるんですけど。」と言いました。
  「何でしょう。」
  「あのう、実はじゅうたくじじょうがちょっと悪いことなんですけど…」
  「へ?」
  「このこじいんにたくさん子供がありますので、せわをしにくいと思いますか。それゆえに、子供とたすけらせていただけないでしょうか。」
  「うーうん。だいじょうぶ…」
  それから、みやびがこじいんに子供がせわをしました。みやびは6ヵ月後に少しずつもっときれいになりました。
  子供はみやびに「お姉さん!寝ることは出来ません!」
  みやびは笑いましたで、子供の頭をなでました。「もっと早くねればいいのに。」その後、みやびの最後のにきびを消えてしまいました。子供が「ワッ!みやびお姉さんがとてもきれいになりました!」
  みやびは「まほうがこわれていましたかな…」と思いました。ためいきをついて言いました。「良かったなあ!」その後、みやびはこじいんで仕事をつづけましたで、誰も幸せでした。

ブライアン・オッテンさん

昔、ケンさんという男の子がいました。 ケンが生まれて育った町はフロと言いました。その町は一般的につまらなくて、楽しい人がいなかったです。それで、 彼は一人でいつも森で面白い物を探していました。 毎日、森で物を探していましたが、何も見つからず、家に帰って、がっかりしていました。 ケンのお父さんはケンのお母さんに、「どうしてケンは悲しいのかな。知っているのか。」と聞きました。 それに対してケンのお母さんは、「毎日ケンは森に行って、宝のようなものを探して、何も見つけられずに、ここに帰ってきますから、ずいぶん悲しくなるようですよ。」と答えました。 ケンのお父さんは変な顔をしながら、「あっ、そうか。 じゃあ、見違えた所を探しているというわけだね。」と言いました。
ケンのお父さんはケンの部屋でケンを見つけました。ケンは彼の部屋で座ってばかりで、悲しそうな顔をしていました。 ケンに「そんな顔をするのは止めてね、ケン。」と言いました。 ケンは「どうして。ぼくは毎日面白くて、いいものを探しているけど、何もなかなか見つけられなくて、とっても困っているんだ。」と答えました。ケンのお父さんは笑ってから、「そうなんだ。お前のお母さんによると、お前は宝を見つけたいようだね。」と言いました。 ケンはうなずいて、「うん、そうなんですけど、ちょっと面倒くさいんだよ」と答えました。 ケンのお父さんはうなずいて、「というのは、それは宝と言うものだから見つけにくいべきなんだよ」と言いました。 それで、ケンは、「どうすればいいんだろう。ぼくはよく分からないよ」と言いました。 ケンのお父さんは、「俺はお前のように若かった時に、お父さんは森の地図を見つけたよ。」と言いました。
ケンのお父さんが子供の時に彼のお父さんは古い地図を見つけました。 その地図がすごく大切なものでした。 それで、家に帰って初めてしたことはその地図をあの地図を隠すことでした。けれども、古くなった後には、彼は地図をどこに入れたか忘れてしまいました。ケンの祖父が死んだ後、ケンの父は地図を見つけられました。
ケンに地図について話した後で、ケンのお父さんはケンに地図をあげました。しかし、ケンがもらったその地図はとても古くて、それに本当にふくざつなようでした。ケンは自分に「これはとっても読めないなぁ」と言いました。ケンは彼のお父さんに地図をどう読めばいいかと聞きました。 ケンの父は「まず、こういうふうに地図を持って。それから、地図でお前の場所を見つけて。その後で、羅針盤を使いながら行き先に行くんだよ」と言いました。その後で、ケンは寝ました。
次の日、 ケンが目を覚ましたら、大雨が降っていました。 ケンは森に行くことが安全かどうか心配しました。 けれども、ケンは勇敢な男の子でしたから森に行くことにしました。森に行くのに、必要なものを持って下の部屋に行きました。お父さんを見つけました。 ケンはびっくりしました。 お父さんも森に行くのに必要なものを集めていました。 ケンは彼のお父さんに何をしているかと聞きました。 ケンのお父さんは、「父は息子を守ることになっているから、お前と一生に行くところだ。」 ケンもお父さんもケンのお母さんと別れて家を出ました。

ケイティー・プーンさん

「サツキとメイのその後」
  「サツキお姉ちゃんは私の世界で一番大好きな人。神さま、私からお姉ちゃんを取らないでください。」毎晩,7才のメイは草原に寝転がって神さまに祈っていました。
  サツキとメイは二人でペンギン村に住んでいました。お金がないので、メイが学校に行けるように、17才のサツキはお金持ちの花輪君の家で働かなければいけませんでした。毎日8時半にメイを学校に連れて行ってから、花輪君の家に行っていました。花輪君の家で子供の世話とトトロという猫の世話をすることと、ご飯を作ることでした。サツキはとても働き者で、きれいで、頭がいいので、みんなサツキが大好きでした。
  メイの誕生日の前の週、サツキは花輪君の家に泊まる二人の訪問客の接待をしなければいけないので、一週間、花輪君の家に泊まることになりました。そこでサツキは友達の静香ちゃんにメイを一週間預かってくれるようにたのみました。「メイの誕生日に、お姉ちゃんがケーキを必ず作ってあげるね。待っててね。」サツキは「バイバイ」と言った後で、花輪君の家に行きました。
  訪問客は国の重要な人か素敵で有名な人かもしれないと思うので、サツキは速く部屋をきれいに掃除しまいました。しかし、訪問客のニコチャン大王とめがねをかけているけらいは顔から手と足が生えていて、頭がしりという見たこともない生物で、サツキはびっくりしました。ニコチャン大王とそのけらいは自分たちのことを宇宙一ハンサムだと信じ込んでいましたから、もし誰かが二人の悪口を言ったら、その人を殺すかもしれませんでした。今回は、宇宙船の部品を買うために地球に来ました。ちょうど花輪君のおじいさんが経営している花輪グループはその部品を売っていました。
  一週間後、花輪の家に大王とけらいの送別会をして、ペンギン村の全員を招待されました。メイは誕生日に静香ちゃんからもらった青いドレスを着て来ました。花輪君の家に着いたばかり、「姉さん」を呼ぶながら、一人でサツキを探し始めました。しかし、この家は大きいすぎるので、彼女は迷ってしまいました。
  広い家の中を歩いていると突然、大王とけらいに遭遇しました。サツキもそこにいました。「お姉さん、見て見て!この二人は醜くて、気持ち悪い。」二人はそれを聞いた瞬間、怒ってしまいました。けらいはメイを殺すことが考えていましたが、大王は違いました。
  サツキはおびえ始めました。「大王さま、失礼しました。本当にゴメンナサイ。メイを殺されないでください。」
  「だめだ!私は本当に怒ってる。でも、もしサツキさんが僕たちと一緒に宇宙船で帰って、一か月間掃除をするなら、メイちゃんは殺さない。どうする。」
  「はい、わかりました。このパーティの後、一緒に行きます。」それから、泣いている妹を抱いてリビングルームに行きました。
  「メイ、泣かないで。見て、お姉さんケーキを作ったよ。お誕生日おめでとう。」
  「お姉さん、行かないで…」
  「だいじょうぶ、一か月後絶対帰ってくるね。これから、静香お姉ちゃんと聞いていい子で待ってるんだよ。」
  しかし、大王とけらいは掃除がかりが必要だったので、サツキに帰ってほしくありませんでした。宇宙船にザクロを食べたら、もう地球に帰れないという伝説があったので、けらいは色々な所でザクロを探しました。サツキが宇宙船に入ったらすぐにザクロを食べさせようと思っていました。
  もう一度「バイバイ」と言ってから、サツキは宇宙船に入りました。大王とけらいは優しいそうだったので、サツキは全然心配しませんでした。それから、けらいはザクロを持ってきました。サツキはお腹が空いたので、全部食べしまいました。その後、宇宙船の中でキタキタおやじというおじいさんに会いました。キタキタおやじは「何も知らずに、50年前にここでザクロを食べたから、宇宙船から出られなくなった。サツキさんも出られないかもしれない...」とサツキに教えてくれました。サツキの顔は蒼ざめていきました。
  「神さま、どうして私からお姉ちゃんを取ったの。お姉さん、今どこにいるの。早いく帰って来て。」毎晩,メイは草原に寝転がって神さまに祈っていました。しかし、メイは死ぬまで、お姉ちゃんに会うことはありませんでした。

ジャスティン・キッズマンさん

物語


今度の時、はりねずみがいました。そして、スペンサーといました。スペンサーはいい家に住んだ、たくさん友達がいった、何もいりませんでした。でも、スペンサーはとてもかなしかったです。スペンサーはガールフレンドはいないんでした。それに、見つけ方を知りませんでした。
今度、スペンサーは姉さんの友達に会いました。その時に、スペンサーはペネロピーという姉さんの友達が大好きになりました。でも、スペンサーはペネロピーと話してかけて出来ません。とてもこわいかったんです。
すぎの日にスペンサーはししの友達とせつめいしました。スペンサーは"女のと話し方を教えってくれない"と聞きました。バールタザーというししの友達は"大きて、強いです。スペンサーは強いようになる"と言いました。後で、スペンサーは強いを働いていました。
ペネロピーをいんしょうづけるために、スペンサーはみな友達をからかいました。ペネロピーはスペンサーと話させられませんでした。スペンサーが好きないんです。
スペンサーはとてもかなしかったです。何かをすることと知りませんでした。もう、友達と説明しました。でも、この時にワリーと言うワラビーの友達と話してかけました。もう一度スペンサーは"女のと話し方を教えってくれない"と聞きました。ワリーは"いつもほらをふく。スペンサーはほらをふってみたい。"と言いました。
すぎのにちに、スペンサーはほらをふっていました。とげを見せていました。でも、ペネロピーはスペンサーへみませんでした。
いまスペンサーはわびしかったです。スペンサーは一番頭がいい友達に会いました。フロイドと言うふくろうの友達と説明しました。もう一度スペンサーは"女のと話し方を教えってくれない"と聞きました。フロイドは"スペンサー、自分になってる。何かに働かないんで。ばかいないんで。"といいました。
スペンサーはまごまごでした。みなさんはスペンサーにすすめをしました。でも、何もにぜんぜん助けませんでした。スペンサーは思いなら、ペネロピーはスペンサーの家に来ました。そこに、ペネロピーはすぺんさーをみつけました。ペネロピーは"スペンサー、だいじょうぶの。病気の。"と聞きました。スペンサーは"あ、ペネロピー。いんしょうづけてほしい。でも、出来なかった。ごめん。"と言いました。ペネロピーは"どうして。スペンサーの自分がすき。いんしょうづけていらない。"と言いました。それから、ペネロピーとスペンサーがいい友達いました。それに、みなさんがうれしくいきっていました。

クリスティン・キムさん

へんなの廾戸
昔々、おじいさんとおばさんが小さい田舎にすみました。おじいさんは毎日山へ行って木を刻みました。おじいさんはもう70さいから、山に登ることはとても難しいになりました。おる日、おじいさんは山へのぼる時、廾戸を見えました。この廾戸の中には小さいな水がありました。おじいさんはとてものどが渇いているから、手を使って水をー回掬って飲みました。
“あ、おいしい!”
飲む後で、おじいさんは山にのぼて、木を刻みました。変でした。木を刻むことはぜんぜんむずかしくないでした。後で、おじいさんは家に帰りました。
“へええ、だれですか。どうして私の夫の服を着ますか。にげてください!”
“あれ、なに?私があなたの夫だ。”
“うるさい!私の夫はとても老人だから黒いのかみがありません。”
“へええ!”
おじいさんは早く風呂場に行ってミラーを見ました。おじいさんはぜんぜん老人じゃないでした。黒いのかみがあるししわがないし若者になりました。おじいさんは長い間かんがえしました。
“どうして、どうやって。その廾戸?しんじられない!”
おじいさんはおばあさんに説明した後でおばさんはおじいさんの話を信じるようになりました。翌日、おばあさんはおじいさんと山にのぼて、その廾戸に行きました。おばあさんは手を使って水をー回掬って飲みました。おかしいないしきがあるから、おばあさんは自分の姿を見ました。とてもきれいな女になりました。おばあさんも黒いのかみがあるししわがないし若者になりました。おじいさんとおばあさんはとてもうれしかったでした。
ある日、貪欲のおじいさんがこの話を聞きました。
“私もしたい!”
ですから、このおじいさんも山にのぼて、その廾戸を見ました。とても貪欲のおじいさんので、二回も掬って飲みました。

“あれ?”
自分の姿を見た時、赤ちゃんがいました。実はその廾戸の水を飲みたら、40年前に帰られます。ですから、貪欲のおじいさんは多い飲みましたから、赤ちゃんになりました。すぐ後で、おばあさんかその赤ちゃんを見えました。
“あ!かわいそうな赤ちゃん!これからあかちゃんは私のあかちゃんですよ。”
ですから、おばあさんがその貪欲のおじいさんをそば育いました。

クリビア・シンさん

母はどこへ
むかし、むかし、ミチコと言う少女が村に住んでいました。この少女はうつくしくて頭がいいでした。それにとてもやさしくて、みんな彼女が好きでした。でも、ミチコにはお母さんがいなかったです。それに身がたくさん痛いこともでした。あるの日、ミチコがお父さんに聞きました。
「ちち、とうしてわたしだけははがいなくて?」
「ミチコ、ははがないのではないよ。母はどこでもいるよ。」
「あっ!でも全部私のははだね!ははと話したい。」
ミチコは母の顔がとてもしりたかったです。それから、その晩、みちこは家を出始めました。
「どこに行くか分からない。。」
どこに行くか知らないでてくてく歩いていました。
「やあ、とても大きい雲だ!あのように大きい雲がたしかにははだろう。」
「あら、雲ちゃん、雲ちゃん、あなたは私の母だよ?」
「私はあなたのははではないよ。わたしは空を漂う雲だそうだ。一緒に旅行してくれない?」
「ありがとうごさいますが、私は母をさがしていますよ。母がとても見たくて。。」
ミチコはまたまた歩いていました。
「やあ、とてもきれいな花だ!あのようにきれいな花がたしかにははだろう。」
「あら、花姫、花姫、あなたは私の母だよ?」
「私はあなたのははではないよ。私は太陽を待つはなだそうだ。一緒に待ってもらえない?」
「ありがとうごさいますが、私は母をさがしていますよ。母がとても見たくて。。」
ミチコはまたまた歩いていました。
「やあ、とてもすてきな鹿だ!あのようにすてきな鹿がたしかにははだろう。」
「あら、鹿君、鹿君、あなたは私の母だよ?」
「私はあなたのははではないよ。私は草をはむ鹿だそうだ。一緒にはんでもらえない?」
「ありがとうごさいますが、私は母をさがしていますよ。母がとても見たくて。。」
ミチコはまたまた歩いていました。急に雪が降り始めました。
「やあ、とても白い雪様だ!あのように白い雪様がたしかにははだろう。ところでどうしてこんなに寒いでしょう。目がますます絡められるね。雪様、あなたは。。。」
目がするするとつぶっと、身が軽くなりました。そして雪が言いました。
「私はあなたの母ではないが母がどこにいるのか分かる。一緒に行きましょうか?」
「本当に?ええ、早く行こうよ!」そしてミチコは天国に上がりました。

ブリジット・コリンズさん

キミコひめとりゅうの玉
たくさん年前、マキチの王国でキミコひめは両親とフィーリックスと言うりすといっしょにしろに住んでいました。となりのタフナの王国に二年前にオチメンと言うりゅうがうたれました。次の二年まで、オチメンは山のどうくつに寝ました。でも、先月、オチメンはマキチのしろできて、゛キミコひめを食べたいよ。キミコひめをオレの山のどうくつに送らなければ、オレはこの小さい王国をうつ゛と言いました。それから、山のどうくつに帰りました。
娘のキミコが大好きだから、王と王妃はいやに悲しいでした。それでも、何かをしなければならないことを知るので、ハリソンと言うウイザードにアドバイスを聞きました。ハリソンはクリスタルボールを見て、゛キミコひめを送らなければなりません。それに、キミコひめは一人で行かなければなりません゛と悲しく言いました。なきながら、王妃は゛りゅうをころし方がありますか゛と聞きました。ハリソンはうなずいて、゛りゅうは玉があります。この玉はマジックをりゅうにあげます。玉をぬすんだら、オチメンは石になります゛と言いました。
それで、次の日、キミコひめとフィリックスはオチメンの山のどうくつにたびを始めました。キミコひめは゛あ、フィリックス君、あたしはオチメンで食べられたくないなあ゛とういました。フィリックスはキミコひめの手に座って、゛チュウチュウ゛と言いました。
山のどうくつに着く時、たくさん鬼がとびだしてきました。゛私達といっしょに来てなさい。オチメンと言うりゅうに連れていく゛と言いました。キミコひめはおじぎをして、鬼といっしょに歩きました。でも、フィリックスはキミコひめの手からにげました。キミコひめは゛フィリックス君、どこに行ってるの?゛と言って、ないてはじめました。鬼はオチメンのどうくつにキミコひめを取りのこしました。 キミコひめは、オチメンと言うりゅうがとてもみぐるしくて、くさかったと思いました。大きいりゅうは立って、なきごえしながら、キミコひめに歩きました。゛あ、美しいキミコひめです。今、オレはあなたを食べるよ゛と言いました。キミコひめはとてもこわかったが、にげてみません。むしろ、゛オチメンさまはあたしを食べたくない。オチメンさまの金の上で寝たい゛と言いました。こチメンは゛どうしてオレはそのをしたいか゛と聞きました。キミコひめは゛オチメンさまはまだタフナをうつのから眠いです゛と言いました。オチメンは゛でも、オレはタフナから二人ひめしか食べない゛と言いました。キミコひめは゛それで、あたしを食べる前に、ちょっと寝ればいいのに゛と言いました。
りゅうは取りきめて、金の上で寝ました。それから、フィリックスと言うりすがとびだしてきました。キミコひめはとてもうれしいけど、゛しずかにしてください、フィリックス君゛と言いました。フィリックスはチュウチュウして、金に走ます。キミコひめは金に行ったら、大きい玉を見ました。玉を取ったら、オチメンが石になりました。それから、フィリックスはかがやくなって、美しい男の人になりました。
フィリックスは゛ありがとうございます、キミコちゃん。ボクはタフナの王子だ。この玉はボクの家族のだ。りゅうがタフナに来た時、にげるについて、ボクはりすになったが、玉がないので、ボクは男の人になれない。今、オチメンは玉がないから、ボクは男の人になれて、ボクの王国を手伝うについて、玉を使える゛と言いました。キミコひめはとてもうれしくて、二人といっしょにマキチのしろに帰りました。
キミコひめは両親にりゅうと玉とフィリックスのことを説明しました。フィリックスはキミコひめの両親に゛すみませんが、キミコちゃんが大好きになっているから、娘を結婚していただけないでしょうか゛と聞きました。キミコひめの両親は゛はい゛と言って、キミコひめとフィリックスといっしょにうれしく住んでいました。